-
19世紀、ある病気について優れた論文を書いたドイツ人医師がいました。彼の名が「バセドウ」であったため、その病気の名前が「バセドウ病」になりました。イギリスではグレーブスという医師が同じ病気についてそれより5年前に論文を発表しました。そこで英語の場合は“Graves’ disease”(グレーブス病)と言います。
- 甲状腺ホルモンが過剰になる病気のなかで一番多い
- 目に特徴ある症状があることがあるが、ないことも多い
- 男性より女性に多く、まれな病気ではない
- 20代から40代に多く、子どもや高齢者は少ない
バセドウ病は日本では特殊な病気のように思われがちですが、女性の100人中1人は、一生のうち一度は罹るといわれるように、決して珍しいものではありません。その割には誤解されていたり、正しいことが伝わっていなかったりしています。よく知ると安心できる病気です。
男女比は男性1に対して女性は4~5人という差がありますが、甲状腺の病気の中では比較的男性が多い病気です。
高齢者や子どもには少ないために、罹っていても見逃されやすいので注意が要ります。
甲状腺がホルモンを作り過ぎるものを甲状腺機能亢進症といい、これにはいくつかありますが、そのうち一番多いのがバセドウ病です。その原因は、患者さんの血液中にある甲状腺を過度に刺激する物質(TSH受容体抗体=TRAb)です。(検査の項参照)。TRAbは甲状腺を刺激しますが、体には影響しません。
甲状腺ホルモンが多すぎる状態は、体によくない影響があります。
患者さんの2~3割が、目にも症状がありますが、これは甲状腺ホルモンの過剰が著しいか軽いかとはと関係がありません(バセドウ病眼症の項参照)。
甲状腺ホルモン過剰による症状
甲状腺ホルモンは代謝を活発にするホルモンなので、多すぎると大なり小なり運動をしている時のような状態になります。そしてそのため表のような症状がみられます。
- 動悸
- 息切れがする
- 汗をかきやすい
- 暑さに弱い
- 手がふるえる
- 疲れやすい
- 食欲が増す
- 体重が減る
- 排便の回数が増える
- 神経質になる
- 落ち着きがなくなる
- 月経が不順になる
どの症状をどれぐらい感じるかは、個人によってかなり違います。例えば体温は、わずかに高くてもつらくなる人もいるし、かなり高熱でも平気という人もいるのと同じです。自覚症状と病気の程度とは必ずしも一致しません。
食欲が増して、沢山食べるのに体重が増えなかったり、これまで通りに食べているのに体重が減ったりすることがあるのは、通常よりエネルギーを使うからです。なお食べ過ぎて反って体重が増える人もいます。
高齢者や子どもの症状は、通常のバセドウ病と違う点があります。
高齢者では、甲状腺があまり大きくならないことが多く、また食欲が落ちて体重の減少が目立つことがよくあります。脈が速くならなかったり、不整脈が出たりすることもよくある症状です。
子どもの場合は、落ち着きがなくなったとか、兄弟喧嘩をするようになったとか、寝相がわるくなったなどといった精神面の変化が目立つことが多く、またおねしょをするようになるということもがありますが、普段でも子どもによくあることばかりですので、わざわざ病院に行く必要はないと思ってしまい勝ちです。背がよく伸びるというのも症状の一つですが、これは喜ばしいことだということで済まされてしまいます。
甲状腺ホルモン過剰を放っておくとどうなるか
甲状腺ホルモンは、全身の細胞に働くホルモンで、個人差はありますが、過剰な状態が続くとさまざまな臓器に影響が出ます。
甲状腺ホルモン過剰を治療しないでおくと
- 不整脈、心不全
- 高血糖
- 高血圧
- 肝機能障害
- 骨粗鬆症
- 甲状腺 クリーゼ
なかでも心臓には異常が出やすく、まず脈が速くなります。それが続くと不規則になったり(不整脈)、心臓が正常に働かなくなる「心不全」といわれる状態になったりする危険があります。ことに高齢者や男性は心臓が影響されやすいので注意がいります。
高血圧になったり、肝臓が影響を受けたり、糖尿病のように血糖が高くなったりすることもあります。また骨密度が低くなりますので、更年期過ぎの女性は、骨粗鬆症が進んだりします。
幸い、これらのほとんどは、治療で甲状腺ホルモンの濃度を正常にしておけばいずれ回復しますが、不整脈は残ることがあります。
なお滅多にないことですが、甲状腺ホルモンの過剰が続いていたのを知らないまま手術を受けたり、マラソンをしたり、肺炎になったりというようなストレスがきっかけとなって、急に症状が強くなって熱が上がり、意識障害に陥って危険な状態になることがあります。これは「甲状腺クリーゼ」といい、治療は緊急を要します。
バセドウ病とまちがえられる病気
- 妊娠甲状腺機能亢進症
- 妊娠を続けるために必要な性腺刺激ホルモンには弱い甲状腺刺激作用があり、この濃度がかなり高いと、甲状腺機能亢進症が起こることがあります。よく起こるのはつわりの時期です。バセドウ病より軽いことが多く、また妊娠中期までに治ることがほとんどですので、治療は要りません。またお腹の赤ちゃんにも全く影響しません。
- 無痛性甲状腺炎
- 甲状腺ホルモンは、普段から甲状腺に蓄えられていて、そこから必要なだけ分泌されています。バセドウ病でホルモンが過剰になるのは、作られ過ぎているホルモンが血液中に出るからですが、痛みのない炎症という名前の「無痛性甲状腺炎」が起こると、蓄えてあるホルモンが漏れ出て血液中の甲状腺ホルモンが過剰になります。これはおもに橋本病の患者さんにみられるものです。炎症は短期間で終わりますが、血液中の甲状腺ホルモン濃度が高い時期にバセドウ病と間違われることがあります。(無痛性甲状腺炎の項参照)
バセドウ病の治療
- バセドウ病の治療法は、薬、アイソトープ治療(放射性ヨウ素療法)、手術療法の3種類がある
- 薬で治療するのが一般的
- 薬の治療が合わない場合にアイソトープ治療か手術をする
- どの治療にも優れた点と弱点がある
バセドウ病の治療の目的は、甲状腺ホルモンの産生を減らして、血液中の濃度を正常にすることです。それには薬の服用、アイソトープ治療(放射性ヨウ素療法)、手術療法の3種類があります。
これらの治療法には長所と欠点があるので、使い分けをします。
まず最初は薬で治療するのが一般的で、飲み続けるうちに甲状腺を刺激するTRAbが下がるのを待ちます。薬が合わない場合には、アイソトープ治療か手術が選択されます。この2つは、甲状腺ホルモンを産生している細胞を減らして、TRAbがあってもホルモンが過剰に作られないようにする治療です。
薬による治療
- 抗甲状腺薬
- バセドウ病の治療に使われるのはほとんどが「抗甲状腺薬」という薬です。
薬で治るまでにどれぐらいかかるかは人によってさまざまで、数か月の人もいれば10年以上の人もいます。まず2年は続けると思ってください。
薬の治療の欠点は。①副作用がでることがある(抗甲状腺薬の副作用の項参照)、②治るまでに長くかかることが多い、③治療を止めるとぶりかえすことが少なくないなどです。(治療法の長所と欠点の項参照)
- ヨウ素
ヨウ素は甲状腺ホルモンの材料ですが、大量に飲むと、抗甲状腺薬と同じように働きますので、バセドウ病の治療に使うことがあります(甲状腺とヨウ素の項参照)。長所は副作用がないことと効き目が早いことです。
効果が十分でなかったり、途中で効きにくくなったりすることも多いので、抗甲状腺薬を使っていて副作用がでた時や、抗甲状腺薬の補助薬として使います。しかし甲状腺ホルモン過剰の程度が軽い場合はヨウ素だけで長く効くことがあります。ヨウ素は通常1日に10㎎~数十mg使います。昆布であれば、このぐらいの量のヨウ素を摂取できますが、産地によって含まれるヨウ素の量が色々なので、ヨウ素薬になっているものを使います。これを服用していても食品に含まれるヨウ素を気にする必要はありません。
服用開始からの経過
図は薬を始めてからの経過です。血液中の甲状腺ホルモンの状態(FT4、FT3、TSHの濃度)に合わせて薬の量を加減していきますが、甲状腺機能が正常になるまでの経過には個人差があります。
FT4とFT3の2種類の甲状腺ホルモンは、同時に基準値になることもあれば、FT4が先に基準値になることもあります。
これらは、大抵は2ヶ月前後で正常(基準値)になります。この状態になれば、体への負担はほとんどなくなります。甲状腺刺激ホルモン(TSH)(検査の項参照)はこれらより遅れて基準値になります。
FT4とFT3が基準値内になっても。個人にとってまだ少し高いことがあり、そういう場合のTSHの値は低いままです。これはごく軽い甲状腺機能亢進症の状態です。例えば体温が36度7分は平熱だとされてしまいますが、これではいつもより高いと感じる人がいるというのと同じです。
薬は、TRAbが消えるまでは続けますが、TRAbの変化はさまざまで、順調に下がったり、全く下がらなかったり、下がってもまた上がったりします。しかしTRAbが刺激するのは甲状腺だけで、直接体に影響するわけではありませんから、薬の量の加減をして甲状腺機能が正常に保たれれば問題ありません。
薬の治療を終了するとき
TRAbが消えれば治った可能性がありますが、薬をやめるとぶり返すことがあるので、治療の中止は慎重にする必要があります。
薬をやめても正常な甲状腺ホルモン状態が続けば治った状態になったと言えます。
薬で比較的治りやすいのは、下記のような場合ですが、例外もあります。
- バセドウ病になって日が浅い
- 甲状腺がそれほど大きくない
- もともと甲状腺機能亢進症が軽い
- TRAb濃度がそれほど高くない
食事、嗜好品
FT4、FT3の値がまだ高いうちは、脱水になりやすいので水分を十分とるように心がけます。
食べてはいけないものや、制限しなければならない食材はありません。ただ心不全を起こしている場合は水分や塩分を制限する必要があります。
甲状腺ホルモンが過剰なうちは、肝臓に負担がかかっているので、アルコール類は控えます。
是非避けたいのは喫煙です。バセドウ病の治りを悪くしたり、目の症状に悪い影響を及ぼしたりすることが確かめられています。
生活の制限
甲状腺ホルモンが過剰なあいだは、暑い環境は避け、心臓の負担にならないように普段より体を休ませる必要があります。
かなり安静が必要なのは、心臓に影響がでている、ことに高齢者の場合です。
ひどくなければ通学は可能です。
どの程度の制限をしたらよいかは、甲状腺ホルモン過剰の程度や年齢、心臓などへの影響の有無などによりますから、個別に決めます。
甲状腺機能が正常になればまもなく生活の制限はなくなります。
薬の治療を止めてから
薬を止めてから1年は、ぶり返しが多いので年に数回通って検査をします。治った状態が続くほど再発する可能性が低くなるので、最終的には年1回の検査で済むようになります。
途中でなにか症状がでてきて、ほかに原因がない場合は早めに受診が必要です。
治っている状態になったあと甲状腺ホルモンが過剰になった場合は再発のこともありますが、甲状腺に蓄えてあったホルモンが漏れ出ることによる一時的なものもあります。これは無痛性甲状腺炎と言って、橋本病に起こることのあるものと同じものです(無痛性甲状腺炎の項参照)。バセドウ病の薬は効きませんし、2-3か月で自然に治ります。そのあと一時甲状腺機能低下症になることがあります。
薬の治療が合わない場合
薬が全く合わない場合と、合わないわけではないがほかの治療の方が好ましいという場合があります。
- 薬で重大な副作用がでる(バセドウ病の薬の副作用の項参照)。
- きちんと服用しているのに甲状腺機能が正常にならない。
- きちんと服用できない
- 甲状腺ホルモンが過剰になりやすく、心臓などに影響が出やすい
- 受験、仕事、結婚、転勤などの理由で早く治したい
- 治った状態になるまでの時間や費用が負担になる
全く合わない場合
薬でもよいが、ほかの治療の方が好ましい場合
アイソトープ治療と手術
特徴
治療の長所と欠点について下記の表をご確認ください。
治療法の長所と欠点
横にスライドできます
長所 | 短所 | |
---|---|---|
抗甲状腺薬治療 | あらゆる年齢層に合う 特別な技術や設備が要らない 甲状腺機能低下症が残らない |
副作用がありうる 治るまでに長期を要することが多い 再発することが少なくない |
アイソトープ治療 | 抗甲状腺薬治療より早く治る 副作用がない 一旦治ったら再発はまれ |
1回では不十分なことがある 特別な設備が必要 18歳までは原則禁止、妊婦・授乳婦も禁止 甲状腺機能低下症になることが多い 眼の症状が悪化することがある |
手術療法 | 手術した時点で治る 一旦治ったら再発はまれ |
優れた技術が必要 入院が必要 甲状腺機能低下症になることが多い 合併症が起こることがある 傷跡が残る |
アイソトープ治療や手術で、ぶり返しがないように治療をすると、甲状腺の細胞が減りすぎて甲状腺機能低下症になることが少なくありませんが、最近は、不十分な治療をして甲状腺機能亢進症が残ったりぶり返したりしないように、わざわざ甲状腺機能低下症になるように治療をすることも多くなってきました。
甲状腺機能低下症になった場合は、甲状腺ホルモン薬(チラーヂンSなど)を飲んで補いさえすれば問題ありません(甲状腺機能低下症の治療の項参照)。この薬が切れてしまって甲状腺機能低下症になっても、甲状腺機能亢進症のように体にすぐに影響はでませんので心配することはありません。
飲む量が決まれば、半年か1年に1度ほどの検査で済み、その分のチラーヂンSが処方されます。
アイソトープ治療
- 適している場合
-
- 19歳以上
- 薬が副作用で使えない
- 薬が効きにくい
- 早く治したい、あるいは薬の治療で治ってもぶり返しやすい
- 適していない場合
-
- 18歳以下(最近は5歳以上で薬や手術が合わなければ行う)
- 甲状腺に腫瘍があり、がんの可能性が否定できない
- バセドウ病の目の症状が落ち着いていない
- 近い将来妊娠の予定がある
- 甲状腺が巨大
なお妊娠中と授乳中は胎児、乳児に影響するのでアイソトープ治療は行えません。
治療の実際
カプセルに入った放射性ヨウ素を飲みます。外から放射線を当てるわけではありません。
ヨウ素は甲状腺に集まる性質がありますので、放射性ヨウ素も甲状腺に集まって、甲状腺ホルモンを作っている細胞を減らします。
放射性ヨウ素は早晩体から消えますが、細胞の数はその後も徐々に減ります。
アイソトープ治療は、成人には危険ではないことが昔から確かめられていました。しかし原爆の経験があった日本では、癌の原因になるのではないか、将来子どもを作るときに影響するのではないかという無用な心配をして、中高年だけの治療になっていた時代がありました。
その後、19歳以上なら問題ないとされるようになり、また18歳以下も可能となりました。
5歳以下は禁止されていますが、ほかに方法がない場合は治療をすることがあります。
(バセドウ病のアイソトープ治療について公益財団法人日本アイソトープ協会ホームページへ)
手術
- 適している場合
-
- 薬が副作用で使えない
- 薬が効きにくい
- 早く治したい、あるいは薬の治療で治ったあとぶり返しやすい
- 甲状腺に腫瘍があり、がんの可能性が否定できない
- 甲状腺が巨大
- 適していない場合
-
- 優れた技術をもった外科医がみつからない
- 手術がからだの大きな負担になる
- 妊娠中、ことに妊娠初期と末期
- 小児
手術は一番早く治る治療ですが、外科医の高い技術が必要です。
手術の傷は、徐々に目立たなくなくなります。ただケロイド体質の人は、かなり残ることがあります。
後遺症として、声がかすれることがありますが、これは一時的なことがほとんどです。甲状腺のすぐ裏にあって、カルシウム代謝に関係するホルモンを分泌する副甲状腺の働きが一時悪くなって、しびれたりすることもありますが、これもほとんどは一時的です。めったにないことですが、副甲状腺を切除してしまうと長く続きます。その場合には、活性型ビタミンDを飲み続ければ問題ありません。